第12回 / 全20回 · CULTURE & BRAND · 1969.12.04

アジアの美意識はどこへ向かうか──北京・東京、ふたつの街の手ざわり

土台でつながり、表現でそれぞれの土地を尊重する。それが、アジアから世界に向かうブランドの作法。

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798を歩きながら、私は、ずっと東京のことを考えていた。

北京のアートシーンには、スケールの大きさと勢いがある。工場一棟をまるごと使う展示。大胆な色彩。見る者に迷いを許さない、直球の問いかけ。空間もメッセージも、大きく、強い。歩いていて、単純に血が騒ぐ。

一方、東京の美意識は、小ささと繊細さに宿る。路地の店構え。器の手ざわり。障子越しの光の柔らかさ。引き算と気配の文化だ。声の小ささが、むしろ豊かさの証になる。

どちらが優れている、という話ではない。土地の歴史と暮らしが違えば、美の形も違う。当たり前のことだ。

しかし面白いのは、これだけ表現の形が違いながら、根っこに共通するものがはっきりとある、ということだった。素材そのものへの敬意。時間を重ねたものへの愛着。余白を美とする感覚。自然を征服するのではなく、自然と調和しようとする姿勢。798の展示の中にも、東京の路地にあるのと同じ感受性が、確かに流れていた。

アジアの美意識には、言葉にしなくても通じ合う土台がある。私はそう感じた。このことは、グローバルにものを届けようとする私たちにとって、大きな示唆を持っている。国境を越えて商品を届けるとは、この「共通の土台」と「土地ごとの手ざわり」の両方を理解することだ。共通の土台があるからこそ、本質は伝わる。しかし表現の作法は土地ごとに違うからこそ、届け方には敬意と調整が要る。

ひとつの正解を全世界に押し付けるブランドは、どこかで必ず軋みを生む。土台でつながり、表現でそれぞれの土地を尊重する。それが、アジアから世界に向かうブランドの作法だと思う。

北京で東京を想い、東京で北京を想う。この往復の中にしか見えない景色が、確かにある。

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