第13回 / 全20回 · CULTURE & BRAND · 1969.12.07
写真を撮りたくなる街の設計──798とシェアされる空間
シェアされる体験は、広告費では買えない。祈って待つものでもない。設計するものだ。
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798では、誰もが写真を撮っている。観光客も、地元の若者も、私たち視察組も。ではなぜ、この街はこんなにも「撮りたくなる」のか。歩きながら、その仕掛けを観察してみた。
見えてきたのは、「予想を少し裏切る風景」が、歩くリズムの中に絶妙に配置されている、ということだ。無骨なレンガ壁の前に、突然現れる鮮やかな現代彫刻。工場の配管の下をくぐった先に開ける、明るい広場。路地を一本曲がるたびに、景色の性格が変わる。人は、予想通りのものにはカメラを向けない。「思っていたのと違う」「この組み合わせは初めて見た」という小さな驚きの瞬間に、シャッターを切る。
もうひとつの仕掛けは、コントラストだ。古いものと新しいもの。無骨なものと繊細なもの。巨大なものと小さなもの。798の風景は、常に何かと何かの対比でできている。対比は、写真に写したときに最も伝わりやすい視覚言語だ。この街は、意図してかどうかは別として、「写真というフォーマットに乗りやすい風景」で構成されている。
そして重要なのは、撮られた写真が発信され、それを見た人が街を訪れ、また撮る、という循環が回っていることだ。街の風景そのものが、最強の広告として機能している。広告費はかかっていない。
これは、ブランドの体験設計に、そのまま応用できる考え方だ。商品を初めて目にする瞬間。箱を開ける瞬間。使い終わって蓋を閉める瞬間。その体験のどこかに「予想を少し超える何か」を仕込めているだろうか。人に伝えたくなる小さな驚きを、設計できているだろうか。
シェアされる体験は、広告費では買えない。祈って待つものでもない。設計するものだ。798の路地は、その最高の教材だった。私たちの次の商品開発では、「開封の瞬間にどんな驚きを置くか」を、処方と同じ熱量で議論したいと思う。
INSTINCT RAS · MAGAZINE
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