第15回 / 全20回 · CULTURE & BRAND · 1969.12.14
日本にも798はつくれるか──工場と職人の街の可能性
惚れ込んだ人が住み着くこと。壊さず重ねること。20年待つ覚悟。必要なのは大資本ではない。
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798を歩きながら、頭の中に浮かんでいたのは、日本の地方にある工場町の風景だった。
日本には、役目を変えつつある工場建築や、後継者を探している職人の技術が、各地に静かに眠っている。天井の高い織物工場。使い込まれた道具が並ぶ町工場。その土地にしかない製造の記憶と、それを支えてきた人たち。産業構造の変化の中で、こうした場所の多くが「過去のもの」として扱われている。
しかし798が証明したのは、まさにそうした「産業の遺産」こそが、文化の資産に変わり得る、ということだ。歴史の刻まれた空間の質感は、新築では絶対に作れない。本物の道具と技術の存在感は、テーマパークの演出では再現できない。持っている国や地域は、実は限られている。日本は、間違いなくその筆頭だ。
では、何が必要なのか。798から読み取れる条件は、大資本ではない。3つだけだ。ひとつ、その場所に惚れ込んだ人間が実際に住み着き、活動を始めること。ふたつ、古いものを壊さず、その上に新しい営みを重ねること。みっつ、20年待つ覚悟を持つこと。裏を返せば、この3つのどれが欠けても、街は育たない。特に3つ目の「時間」を、日本の地域開発はしばしば急ぎすぎる。
私たちのグループにも、静岡県掛川市に、化粧品や健康食品の製造の現場がある。ものづくりの現場は、普段は閉じた箱として運営される。しかし、798を歩いたあとでは、違う未来が見える。製造の現場そのものが、人が訪れたくなる文化の発信地になる未来だ。工場見学が観光になり、職人の技術が展示になり、ものづくりの町に人が集まる。
それは決して夢物語ではない。北京の郊外で、かつての工場群が世界中から人を集めている。その事実が、何よりの証拠だ。
工場は、閉じた箱ではなく、開かれた物語になれる。日本のものづくりの現場が持つ潜在力を、私たちは信じている。
INSTINCT RAS · MAGAZINE
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