第1回 / 全20回 · CULTURE & BRAND · 1969.10.30

798藝術区とは何か──軍需工場が世界的アート地区になるまで

誰も「アートの街を作ろう」と設計したわけではない。価値は計画からではなく、熱量の連鎖から生まれた。

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現地写真:798入口・街並み

北京市朝陽区、大山子(ダーシャンズ)エリア。市の中心部から車で30分ほど走ったこの場所に、「798藝術区」と呼ばれる一角がある。いまでこそ世界中のアートファンが訪れる文化発信地だが、その始まりは、1950年代に建設された国営の電子部品工場群だった。

赤レンガの工場棟、むき出しの配管、高い天井、ノコギリ屋根から差し込む自然光。産業の現場として設計された建物群は、時代の変化とともに、工場としての役目を徐々に終えていく。

転機は2000年代初頭に訪れた。使われなくなった工場空間の、家賃の安さと天井の高さ、そして何より「他のどこにもない空気」に惹かれたアーティストたちが、ひとり、またひとりとアトリエを構え始めたのだ。最初は数人だった住人が、数十人になり、数百人になる。彼らを目当てにギャラリーが開き、ギャラリーを目当てに観客が来て、観客のためにカフェや書店が生まれた。気がつけば798は、アジアを代表する現代アートの集積地になっていた。

私がこの街の物語で最も面白いと思うのは、誰かが上から「アートの街を作ろう」と設計したわけではない、という点だ。都市計画があったのではない。空間の魅力に人が集まり、人の熱量が街を変え、街の変化がさらに人を呼んだ。価値は、計画からではなく、熱量の連鎖から生まれた。

ブランドづくりも、まったく同じだと思う。完璧な事業計画よりも先に、まず器を整えること。そして熱量のある人が集まる場所を作ること。それができれば、価値は自然に育っていく。逆に、器と熱量のないところに、どれだけ資本を投じても、文化は生まれない。

私たちInstinct Rasは、美容とウェルネスの領域で、AIとクリエイティブの力を使ったブランドづくりに取り組んでいる会社だ。その私たちが、なぜわざわざ北京のアート地区を歩いたのか。答えはこの連載を通じて、少しずつお伝えしていきたい。

この連載では、私たちが実際に798を歩いて感じたことを、美容・ものづくり・ブランディングの視点から、全20回にわたってお届けする。アートの専門的な批評ではない。ものづくりに携わる人間が、文化の現場から何を学べるか、という視点の記録だ。お付き合いいただければ幸いである。

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